寿都町の弁慶岬
アイヌ語で岩と岬の間をベルケイ(裂けたところ)がなまってベンケイ。
もう一つ別の話・・・・・・
奥州を逃れた義経・弁慶一行は蝦夷地に渡り、この地に滞在していた。
常陸坊海尊が義経再挙の兵を募って蝦夷へ向かったという情報を得た弁慶は毎日、毎日、岬の先端に立って同志の到着を待っていたが船影を見ることはできなかった。
そんな弁慶の姿を見ていたアイヌたちは弁慶がを待ちわびていた岬ということからいつしか弁慶岬と呼ぶようになったそうな。
歴史ロマンですね。
オホーツク地域で暮らす。日々の写真トピックス。