2010.05.18
美幌療育病院前の桜並木 PM6:00頃
僕が美幌に移り住んだ頃のここは、国立療養所という名の施設だった。
国立療養所は戦後、結核対策の施設として整備されたらしい。
その前は、海軍航空隊の送信所だったそうだ。
その昔、戦前戦後の頃、美幌には大きな亜麻工場があったそうな。
そんな話をお年寄りに伺っていたところ
グラマン戦闘機の空爆で、斜里清里の亜麻工場が焼失した話になり
美幌海軍航空隊の話になって、冊子を貸してくれた。
国家機密「M地工事」、今は陸上自衛隊の駐屯地になっている場所に全国から囚人が動員されて、滑走路が作られ、海軍航空隊の基地が建設された。
建設には囚人以外にも、全国各地から良い仕事があると詐欺まがいに連れて来られ、タコ部屋に押し込まれて、過酷な労働を強いられた労務者も多かったそうだ。
網走に続く国道39号も海軍道路として、整備されたようだ。
基地が出来ると町内には海軍さんが多く下宿し、ここから飛び立った戦闘機が、マレー沖海戦で英国極東艦隊の不沈戦艦を撃沈する戦功もあげたらしい。
敗戦後は1000人規模の進駐軍が駐留し、町内には慰安所やダンスホールが設けられ、滑走路や戦闘機など軍事設備は、ことごとく破壊されたのだとか。
田舎の小さな農村だと思っていたこの町に、これほどの多様な歴史があることを、今日まで僕は知りませんでした。