2024.09.03
8/8(木) 母の転院先の医師より今週いっぱいが山場と告げられる。
お盆を無事に過ぎて一安心。
8/20(火)夏空が綺麗だったので通勤時に撮影
メルヘンの丘 馬鈴薯の端堀りが始まっていた。

8/23(金)朝7時52分 血圧が60以下に下がり危ないとの知らせ
翌日は4カ月待った健康診断受診日の為、あと一日は頑張るよう母に伝えてもらう。
偶然に妹も同じく健康診断受診予約日とのこと。
8/24(土) 2時3分呼吸停止 僕の最後の頼みを聞いてくれた。
午前中に健康診断を受診、妹も母を叔母に頼み受診できた。
台風10号関西接近27日との予報から、葬儀を2択候補日時から8/26 8時と決める。
15時頃より苫小牧東港へ向け出発。
8/25(日)10時から湯かんの儀
船上にて

日没

8/25(日)23:30頃に葬儀場の遺族控室に到着。
8/26(月)4時過ぎ起床、5時前にエルを預けに知人宅へ。6:20地下鉄駅で義母を拾い葬儀場へ。7時前に戻り7時から葬儀打ち合わせ。
8/26(月)8:00葬儀開始~初七日法要まで済ませた。午後、実家に母方親戚集合し祭壇・遺骨設置。ご近所へ挨拶、実家泊。
8/27(火) 午後からは妹と市役所へ各種届けや墓地についての相談。夜は叔母の家を訪問。
8/28(水) 朝一から墓地申請の書類記載を頼むため実家近くの叔母宅を訪問し市役所へ墓地申請書類提出。
午前中は墓参り、墓地管理事務所にて「墓じまい」について相談
給油して義実家へ挨拶
8/29(木) 午前中は洗濯や片付け台風10号接近への備え、ご近所へ挨拶、荷物整理など。
午後、一日早めて帰宅の途に就く。
敦賀港、乗船口

8/30(金)津軽海峡 青森側

そういう訳で、この夏は宿泊を伴う旅に出る事は出来なかった。
スマホのログを遡って思い返してみた。
5/18(金) 母と電話で会話
母家一族の里帰り九州ツアーには皆に迷惑をかけるからと参加しなかった事を聞いた。
いつもより愚痴が少なく素直な感じだった。
母の「ありがとう」で電話を終えた。言葉にどことなく寂しいような、いつもと違う感覚があった。
だけどこれが最後の会話になるとは思ってもみなかった。
5/24(金) 母は腹痛で掛かりつけ病院を受診、S状結腸ねじれで救急病院へ緊急搬送。
救急病院の医師は命は時間の問題と説明したらしい。
コロナ感染発覚のため、遅れて腸ねじれの内視鏡処置するも修復ならず。
痛みを取ってあげてと懇願し深夜におよぶ4時間の緊急手術にて人工肛門になりICUへ。
翌日以降、万一に備え葬儀社選考等の相談を妹と始める。母は面会謝絶。
6/4(火) 面会謝絶のままICUから一般病棟へ移動
6/5(木) 「早く連れて帰って」と妹へ懇願の言葉を残したらしい。回復の兆しに安ど。
6/11(火) 胃瘻造設手術を受ける。問題なく終わったとのこと。
6/12(水) 朝チェックしたら血糖値が下がっていたらしく、いつからどれくらい低血糖だったか不明。
6/28(金) 低血糖脳症と診断 呼びかけにも僅かに瞼を震わせる程度の反応しかない。
回復の兆しない。新型コロナ再流行の兆しで面会謝絶継続。
8/6(火) 救急病院から別の病院へ転院
8/7(水) 母83歳 誕生日